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踏んだり蹴ったり。

散々な目にあった、という意味の言葉です。

「切符落としてくるわ
切符買おうおもたら券売機1台しか稼働してへんかって
お母さんの前がよぼよぼのおじいちゃんで」

みたいな状況のことです。ちなみに、数日前に母がわたしに寄越したLINE原文ママです。

標準語に変換すると、
「切符を落とした上に
切符を買おうと思ったら券売機が1台しか稼働してなくて
お母さんの前がよぼよぼのおじいちゃんで」
です。

でも、どう考えてもこの状況は「踏まれたり蹴られたり」の方が正しいです。

このことに気付いたのは高校生のときで、しばらくは大変なことがあるたびに「踏まれたり蹴られたり」と言っては友達をキャッキャ笑っていました。

じゃあどうして「踏んだり蹴ったり」って言うのでしょうか?

調べてみると語源は諸説あるらしいです。
一般的なのは、加害者側の視線で表現している、というもの。

「(相手がわたしを)踏んだり蹴ったりした」ってことです。

なんで「踏まれたり蹴られたり」にならなかったかと言うと、「踏んだり蹴ったり」の方が勢いがあって伝わりやすいから。という話もあるようです。

でも、そうかなぁ? 考えたんですけど、実際は動詞の名詞化みたいなもんなんじゃないかな?

***

とある強盗団の会話。

先輩A:「おまえ、しくじりやがったな! こらしめてやるっ」

先輩Aが子分Bを踏んだり蹴ったりしてこらしめる

先輩A:「次は容赦しないからな!」

先輩C:「A、あんまり踏んだり蹴ったりしすぎるなよ」

先輩A「しくじったやつには『踏んだり蹴ったり』が一番効くんだよ」

先輩C「B、『踏んだり蹴ったり』の刑が嫌ならもうちょっと真面目に仕事しろよ」

その後、子分同士になったときの会話。

子分D:「おいB、お前また『踏んだり蹴ったり』やられたらしいな!」

子分B:「そうなんだよ、『踏んだり蹴ったり』で散々だったよ」

***

……伝わります?

踏んだり蹴ったりという言葉が名詞化されていったことで、被害者側も「踏んだり蹴ったり」って言うようになったんじゃないかなって。

くだらないんですけど、もう一つ納得のいかない言葉があります。

七転び八起き

です。

先日テレビを見ていたら厚切りジェイソンさんが言及していました。
「転んで、起きる、転んで、起きる、転んで(と数えていく)……
カズ アッテナイカラナー!」

これにはわたしの持論がすでにあって、数え間違えではないと思うんです。

多分、はじめの時点ですでに1回転んでたんです。

まず、転ぶってどういうことですか?
実際に転ぶ以外に、仕事とかで行き詰まったり、困難な状態のときですよね。

起きるというのは、あきらめずにがんばるとか、困難な状況を打破していくことです。

では、「人生、七転び八起きだよ」って言うとしたら、どんなときですか?
 
相手が壁にぶち当たったりして、がっくりしているときではないでしょうか?
つまり、転んだ状態のときです。

だから、七転び八起きなんです。

壁にぶち当たっても、諦めずに起き上がれ。また転ぶこともあるだろうけど、最終的に起き上れたらいいんだ。

起きてる状態の人に「人生七転び八起きだからあきらめるな!」とは言わないですもんね。

ちなみに、七転八倒とか二転三転、など、7と8、2と3が入る言葉って多いですよね。どうやって決めているんでしょう?

二転び三起きじゃダメ? ちょっと語呂が悪いから、「二つ転び三起き(ふたつころびみおき)」がいいな。

そんなに人生甘くないか。少なくとも7回ぐらいは転ぶよね。

二転三倒じゃダメ?
でもやっぱり、もともとすごく苦しい状態を表す言葉だから、2~3回じゃ大変さが伝わらないですね。

七転八転じゃダメ?
ダメですね。話が二転三転するだけでもイラッとするのに、7回も8回も話が変わったら帰っちゃう。

七度あることは八度あるじゃダメ?
そりゃそうだろうよ。7回もあったんだから。

こんなことを、高校生の頃は考えてばかりいました。