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足るを知らないと不幸になるけど、
低収入に納得していても不幸になるんじゃないかしら。

そんなことを思っています。

わたしは、足るを知っていて、なおかつもっと収入を増やしたいんです。

「足るを知る」と「低収入に納得する」違いをざっくりと

足るを知る
欲張らず、分相応のところで満足すること。

低収入に納得する
収入が低くてもいいと思っていること。

どちらも「もっともっと!」と高望みしないという意味では同じです。

でも、「足るを知る」は精神的な状況を表す言葉で、「低収入に納得する」は物理的な状況を表す言葉です。

「低収入に納得する」の妥協感

「低収入に納得する」という言葉はわたしがてきとうに作った言葉なんですが、要は、

「別に、金持ちになりたいとは思わんね」

みたいな感じです。

でも、なんとなく、こんな気持ちが透けて見えるような気もする。

「そりゃ、お金があった方がいいけどさ」
「でも、身を粉にしてまでは働きたくないんだよね」
「別に、今の収入でも暮らしていけるしね」

妥協している感じ、とでも言いましょうか。

収入は多い方がいいに決まってる

低収入に甘んじてしまうのは、「収入を増やすことに苦痛が伴う」と思っているからではないでしょうか。

勤務時間を増やせばプライベートの時間が無くなる
体がキツい
精神的にもしんどそう
ていうかそもそも収入を増やす手立てが無い
収入を増やす方法を考えるのが面倒くさい

などなど。

「別に収入は多くなくてもいいんです」と言う人の中には、こうした苦痛を回避するために、妥協しているケースも少なくないんじゃないか、とも思ったり。

足るを知ると収入の多寡は関係ない

足るを知るという言葉は、本人が金持ちかどうか関わらず、

「自分はこれぐらいの生活ができれば大丈夫」

という基準を持っているかどうか、という意味です。

つい「わたしは月収15万円あればやっていけるんで大丈夫です」みたいなことを「足るを知る」だと思ってしまいがちですが。

「すごくお金はあるけど、下着はユニクロで満足できるよね」みたいなことも「足るを知る」ですよね。

1000万稼いで1000万使ってたらお金は残らないけど、

足るを知っている人は「使うのはこれぐらいでいいから」と500万しか使わない。すると、500万円残る。

実は「低収入に納得する」と「足るを知る」は、全然違う言葉だと思いませんか?

わたしはもっと稼ぎたい

わたしは「足るを知る」という言葉が好きです。

仕事で書く記事でもよく言及するのですが「生活コストを下げる」って大事なんですよ。

生活コストを低くしておかないと、いくら稼いでもお金は残らないからね。

自分がどれぐらいの食べ物で満足できるのか、自分がいくらの服で満足できるのか?

それを知れば、基準以上の贅沢をする必要はなくなります。

お金はいっぱいほしいです。

お金があれば国に頼らず生活ができるし、
本当にやりたいことや欲しいものが見つかったときにすぐ手に入れられるし、
他の誰かを助けることもできる。

もちろん、低収入で納得するのがダメなわけじゃありません。でも、もし自分の中に「妥協感」があるなら、足るを知った上で高収入を目指せばいい。

わたしも、そこまで贅沢はしないけど、まだまだ稼いでできることを増やしたいです。

(´-`).。oO(足るを知る、大事)