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ガトーショコラ (3)

何をしても、
どんな道を選んでも、

結局はその人がどう捉えるか。

それに尽きるなぁ、というお話です。

ここまでで分かる人には分かると思うので、次行ってください。
「考えていること」カテゴリの記事一覧

同じ経験でも捉え方は違う

わたしとまったく同じ経歴を持っている人でも、捉え方が違えば言うこともまったく変わってきます。

大学では思っていたような勉強ができなかった
⇒でも大学に行くことで得られたものもある
⇒大学なんて行かなければよかった

みたいな。

わたしはだいたい「やってよかった」と思うタイプです。大学は中退したけど、大学に行ってなければ知ることができなかったこともたくさんありますし。

でも、何においても「やるんじゃなかった」と思ってしまうタイプの人は、何やっても文句言うよな~って思います。

わたしだって「これは失敗した」と思うことはあるけれど、その失敗だって、やってみないと分からなかったこと。

「このやり方だと失敗するってことが分かった。だからやってよかった」という思考回路になっています。

「やってよかった」の押し付け問題

別に、捉え方は人それぞれですから、わたしはそれ自体が問題だとは思っていません。

文句ばかり言っている人がいると「黙れよ」とは思ってしまいますが。

それよりも問題なのは、自分の「やってよかった」を押し付けることです。

「大学に行ったほうがいい」
「就職したほうがいい」

みたいな意見を若者に対して言っている人がいますよね。

これって、よく考えたら押し付けっぽくなっているんです。

新卒フリーランスになろうとしている人に対して「就職したほうがいい」と言っている人とか。

これも、考え方自体は人それぞれでいいんですけど、なんていうのかな。

「わたしは新卒で就職してよかったと思ってるよ」というアドバイスではなく

「大学を卒業したら企業に就職するのが当然であーる!それ以外は認めん!」
みたいな押し付けになっている人も多いな、と。

「やらなきゃよかった」の押し付け問題

同様に、「こんなこと、やるんじゃなかった」と思っている人が、他人にその意見を押し付けるケースもあります。

「クラウドソーシングなんて稼げないよ。やらないほうがに決まってる!!」みたいな。

うるさいよ。頑張ってみようって人の足を引っ張るんじゃないよ。

まぁ、こういった意見を真に受けてやめるぐらいの人なら、やめておいたほうがいいかもしれないけれど。

何をどうするか、どうしたいか、なんて人それぞれでしょう?

押し付けるような言い方をするのはやめませんか? ってことです。

意見が違う人を敵をみなす問題

意見を押し付けちゃうタイプの人は、おそらく

自分と違う意見の人=敵

と思っているのではないでしょうか。

さすがに今の若い人はそうではない、と祈りたいところですが。

意見が違う人に出会ったら、自分の意見を押し通さなければならないとか、ねじ伏せないといけないとか、そういう思考は危険です。

意見が同じなんてありえないのに。

ディスカッションやディベートの経験が乏しい人は特に、「意見が違う人=敵」になりがちです。

なんていうか、「意見が違うということは、すなわち口論である」みたいな考え方になっていないでしょうか。

詳しいことは知りませんが、今は学校教育でもディベートが取り入れられていると思うので、若い人はもうちょっとマシかな、と思うんですよね。

そしてこれも、結局は考え方の問題。

意見が違う人のことを敵とみなすかどうか。
経験したことをポジティブにとらえるかネガティブにとらえるか。

そしてそして、人の考え方・捉え方というのは簡単には変えられない。

そう、言っても仕方のない不毛なことを、たっぷり書いてしまったわたしなのでした。